ご挨拶
サンテミリオン・フルート教室のページにお越し戴きありがとうございます。なかなか本をみながら手探りで作っているページですのでとっても改良の余地ありの状況です。少しづつですが更新をしていきたいと思っておりますのでよろしくお願い申し上げます。
本物のフルートとの出会い
初めてフルートにめぐり合ったのは中学のときの吹奏楽部でした。と言っても当時、メインの楽器がみんなリコーダー、個人でトランペットを持っていた先輩が一人だけトランペットという考えてみれば非常にめずらしい部活でした。そしてリコーダーからトランペット転向、そんなある日、本屋さんで「バンドピープル」という雑誌を見つけそこにある写真をみて始めてクラリネットやフルートなどなどの存在を知りビックリ、あまりにも違いすぎてその本を職員室に持って行き「吹奏楽部」ってこんなんですよ!なんとかして下さい!と訴えたのを覚えています。しかし簡単に楽器がそろうはずも無く中学生らしく考えたのは、作ればいい(^-^)/ということでした。フルートの写真をものさしで測って拡大すればいいだけと、現在では考えられない程単純に作業に取り掛かりました。最初は木を拾ってきて彫刻刀で穴を開けて筒を作って吹いてみましたがまーーったく音は出ませんでした。次に考えたのはプラスチック製の水道のパイプです。何処からともなく拾って来ては穴を開けていたのですが何故か音が出ませんでした。最終的に音が出たのは釣竿でした。しかしだんだんと個人で買う人や、学校で購入したりとひとつづつ楽器が増えて、ホルンが来たときは感動でした。あの巻貝のような構造は絶対に作れないと思っていたし、とても高級なイメージがあったからでした。そしてついに中3の時、本物の吹奏楽部の大会にようやく出場できたのでした。釣竿で苦労して音を出していたせいか、本物のフルートを吹いてみて思ったのはやはり本物は全然違うということでした。
パリへ
話がすごく長くなってすでに文字だらけになっているので、突然話は飛びますが、フルートはどうやって吹くのかどんどん疑問や好奇心が沸き、音大を卒業後は赤い寝袋を持って突然パリに行きました。これも今から考えると「何を考えていたんだか・・^^;」と思いますが、「もし路頭に迷ったらとりあえず寝袋はいる」と思っていました。一緒にパリ留学が同期だったT氏は「普通寝袋なんて留学に持ってこないよ」と言っていましたが、のちにいくどか思いもよらぬピンチが訪れ彼はよくそれで寝ていました^^;。結構あの赤い寝袋は活躍していました。気がつけばそれから3年間結局一度も日本には帰らず、10各国近くの国でフルートに関する様々な事を体験していろんな冒険を経験してきました。現在、間寛平氏がアースマラソンに挑戦されていますが何年も日本に帰らないでいると時に、信じられないほどの孤独に襲われることもあります。今すぐに日本の地面を踏みたいとか、そんなあたりまえのことが出来ない事が大変になってきます。夜に月を見てふと、日本でも月を見ている人がいるかも知れないというような事を思う、そこにしか頼れない時もあったりします。そんな時に、バッハもモーツァルトも時間と空間は違っても、同じ月を見ていたんだと思うと不思議な気がします。ノクターンの意味に気づくのはそんな時なのかもしれません。
フルートを教えるということ
フルートのレッスンはとても大変な世界です。アンブシュアにしても楽器の持ち方にしても人それぞれに違いがあり、いかにしていいポジションを見つけていくのかは非常に複雑です。また演奏スタイルやその人の持つ音楽性やリズム感といったものにも様々な特徴があります。映画のように最初から空を飛べる人はいないし、日本であってもヨーロッパでも最初はみんな初心者です。器用でなくても問題ではありません何か出来ない事があれば、小さなスッテップからはじめてそれをだんだんと新しい方向へと向けていく、いままでいろんなところを飛び回ってきた経験から少しでも何かを伝えていけたらと思っています。
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